前向きに張りを持って生きていく
【JAL広州支店長・五十嵐武さん】 今年の3月の広州日系企業は大掛かりな人事異動があり、総経理クラスだけで10名以上が本帰国する。広州に赴任して4年半、JAL/日本航空広州支店長と広州日本商工会事務局長を務めてきた五十嵐武さんも今月半ばには本帰国が決まっている。コロナ禍における日本と広州のフライト便の早期回復やチャーター便の手配、広州にて日中交流の実現に尽力した五十嵐さんに、駐在期間中過ごした広州での仕事や生活の感想を伺った。 聞き手:阿部真之 2000年前後の訪中は30回以上。特に雲南省が大好き 以前、駐在員前にも出張で中国に来ていたと話されていました。 2000年前後、ボクはJASナイスウイング※1という旅行会社に出向していました。JASは日本と広州を早くから結んだ航空会社で、当時は広州と昆明、西安の3路線を開いていたのです。私の業務は、日本サイドでこの3都市の旅行商品を取り扱う責任者として、観光資源の発掘を行い、日本側にその魅力を伝え、中国への旅行者を増やすことに努めていました。30回に及ぶ出張のなかでもシーサンパンナ、楽山といったコアな観光地に行っていましたね。 2000年前後はまだそこまでインターネットが普及しておらず、旅行会社の紙パンフレットがまだまだ主力でした。当時、各社の中国旅行のパンフレットをパラパラめくると、JASを利用した広州や昆明の観光ツアーが載っており、私のなかで広州の存在はこのパンフレットで知りました(笑)。 ボクもこの仕事で歴史や文化、民族などをひっくるめた中国の偉大さを知りイッキに好きになってしまいました。もし、最初に北京や上海に行っていたらそこまで魅力を感じかなった気がします(笑)。特に雲南省は少数民族がたくさん暮らしているから次第に魅入っていきました。2016年秋から広州での駐在生活がはじまりましたが、さらに経済の発展ぶりにも驚かされ、ますます魅力を感じてしまったところです。 出張時代はノービザ入国ができず大変だったかと思います。 はい。出張のたびに会社が中国大使館までビザを取りに行っていました(笑)。 はい。06年から札幌にいましたが、会社が途中で一度経営破綻となり中国どころではなくなりました。10年から高知で勤務していましたが、よくよく考えると酒と肴の美味しいところばっかりですね(笑)。 広州に来てから支店長の仕事と商工会役員の両立は大変だったかと思います。 支店長業務は日本を代表する航空会社のひとつの地域代表としてでもありますし、飛行機の安全運航の空港責任者でもありました。そして、このなかでどうやってJALの認知度を上げていくかを考えており、航空会社として社会貢献をしていかなければと常日ごろ思っていました。
認知度を上げる一番効果的な方法で過去に取り組んだ例を挙げると、個人的には昨年7月10日のチャーター便が真っ先に思い付きますが、それ以外ではどのような実績を残されたと思いますか? チャーター便はどちらかというと広州日本商工会の仕事でたまたまJAL便を使ったということです。JALの認知度を上げる仕事は、例えば日系企業や日本の各自治体を取りまとめて正佳広場で出展したり※2、各地で折り紙飛行機教室を開催したり、日本人学校で地球環境講座を開催したりと、地味ですがこれで認知度を高めていくことがいいと感じました。 はい。現在地球上で起こっている温暖化問題から人類が地球を守っていきましょうという講演を開催しており、札幌時代から10数年間何十回と続けています。 もともと弊社には地球環境部という部署があり、3名のパイロットが講師として地球環境講座を開催していました。パイロットってずっと空を飛んでいるから、例えば北極上空を飛んでいると北極の氷がドンドン溶けていくのが分かったり、シベリアやアラスカ上空を飛んでいると森林火災を発見することがあります。火災情報はJAXA※3や北海道大学に報告を行い消火活動に行ければ行ったりするほか、何処で森林火災が起きているのか研究材料にしたりもしました。また、高度1万m上空で二酸化炭素濃度を定期的に測ったりしています。そして、このまま行けば地球はまずいなと、危機感を覚えたパイロットたちが皆さんに今の環境問題を知ってもらおうとはじめたのです。 2008年に北海道で洞爺湖サミット※4が開催されたとき、札幌支店勤務だった私は、北海道庁から要請を受けてこの3名のパイロットに地球環境講座をお願いしました。何度かパイロットの講演を聞いているうちに、「素晴らしい」と思うようになりましたが、講師となる3名のパイロットがそれぞれ世界中を飛び回っているのでなかなか呼び寄せることができません。それで、「北海道で開催するときは自分が講師として講演したい」と会社にお願いして、自分で講演するようになりました。環境講座の受講を希望する年齢層は、下は小学校から上は企業までと幅広かったです。
五十嵐さんが広州のイベントでたびたび開催した折り紙飛行機教室 もう一つの折り紙飛行機教室はいつぐらいから開催していたのですか? これも札幌時代に指導員の資格を取ってからはじめたものです。今持っている指導員資格証明書は高知時代のものです。札幌時代は札幌ドームで教室を開催したこともあります。正式な教室は紙飛行機を折ったあと、体育館のような広い場所のなか無風の状態で飛ばさなければいけないと開催条件は厳しかったですが、簡単な教室なら数え切れないほど開催しています。 広州で展開する日系企業及び暮らす日本人の生活改善に尽力 広州日本商工会事務局長という立場でどのようなお仕事をされたのですか? 自分の中では、根本となる重要な仕事がいくつかあります。日系企業のためになること、日本人の生活のためになること。そして、日本と中国の結びつき、関係の強化につながっていけば、ということを意識していました。例えば、香港や広東省の一体化を進めている粤港澳大湾区ってあるじゃないですか?そこの経済、文化、交通の部分を日本企業と上手く結びつけていきことができないかと考えています。 日本と中国の結びつきというのは、例えば商工会役員が中国の大学に赴き講演をするのですか? それもあります。でも皆さんも感づかれていると思いますが、日本で報道している中国の情報は現地とまったく異なっています。街中の監視カメラ然り、コロナ対策然り。一見マイナスに見えますが実は日本より遥かに効果的なことを行っており、そういった中国の真実を、メディアを通じて日本に伝えることもしてきたのです。過去にはジェトロさんに呼ばれて、広州市の投資セミナーを六本木のジェトロ本部で講演したこともありましたし、ハイテク産業の成長が著しい深圳を視察するため日本の霞が関の担当者や先生と呼ばれる方たちに中国の経済の発展ぶりや中国での仕事の進め方、プロセスを紹介してきました。コロナ以降は、昨年11月にNHKのテレビに出演して中国の現状をお伝えしてから、12月には日テレのBSでも生中継で30分ほど出演し、中国の徹底したコロナ封じ込め政策を視聴者にお伝えしたところ、この放送を見た関係者たちは「よくぞ言ってくれた!」と拍手喝采でした(笑)。こういうことを言わないと結局は日本が損するんです。
それって、中国の鉄道もそうです。日本の皆さんは10年前の7月23日に浙江省温州市で起こった列車追突事故が脳裏に焼き付いてしまい、以降の情報をまったく更新せず口を揃えて中国の高鉄は危ない危ないと言う。でも気が付いたら、全国の路線営業距離は約15万㎞、そのうち高鉄は3.8万㎞ですよ。国土面積の規模は違いますが、高鉄だけで日本の鉄道営業路線を凌駕していますし、衰退する日本の地方路線と違い、中国は都市間鉄道の建設を地方まで伸ばし、沿線の貧困地域解消に向けて動いているから5年後はアクセスや経済活動がもっともっと向上します。でも日本の皆さんそれを知ろうとしないし興味もなく甘く見ている部分があるんです。今後は気づかないうちに追いつかれ、気づいたらさらに引き離されてしまった感のある分野がいくつも出てきそうです。 日本はウサギとカメのウサギです。電気自動車だって水素エネルギーだって中国もだいぶ進んでいます。もう少し現実を知ってもらいたいですね。 いやもう最高です(笑)。ボクは世界中にあるJALの支店のなかでここが一番いいところだと思っています。食べ物もそうですし、気候もそうですし、何より人が温かいですね。普段のなかでもいろいろありましたが、例えば、ボクが今までしてきたことに対して外事弁※5の方たちが感謝状をくれたことですね。中国や日本と分け隔てなく評価されたことであり、すごく温かみがあると思っています。 思い出に残る広州の生活で公私関係なく5つ挙げるとしたら何ですか? まず昨年7月からはじめたチャーター便、次に18年開催した日中平和友好条約締結40周年の記念行事ですね。 記念行事とは正佳広場で開催した広州ジャパンフェアですか?
それもそうだし、20年前の1998年に越秀区の彫刻公園に埋めたタイムカプセル※6の掘り起こしと孫文の講演会の記念行事の3つを全部まとめて行ったことです。 2018年中に行われた日中平和友好条約締結40周年の記念行事。左上からタイムカプセル掘り起こし、講演会『孫文と梅屋庄吉に学ぶ』、広州ジャパンフェア
前職時代、商工会の仕事を請け負っていたとき彫刻公園の中にあるタイムカプセルの碑を探しに行ったことがあります。目立たない場所にあるため捜すのにすごく苦労しました(笑)。 タイムカプセルは当時の日本人学校の生徒が書いた作文や絵画が入っていて、書いた方の所在が分かれば送り届けましたし、孫文の記念講演のときにも展示しました。そして今の生徒たちに書いてもらった作文や絵画を入れてもう一度埋めました。次は20年後に掘り起こす予定です。 2020年9月には念願だった張家界旅行に出発した(筆者撮影)
プライベートでは地歴部※7の活動が良かったですね。メンバーが作成してくれた細かい資料と実際現地に訪れることで、広州の奥深さやアヘン戦争をはじめとする歴史などいろいろ感心させられました。あとは昨年9月に行った湖南省の張家界の旅ですね。赴任後からずっと行きたった場所のひとつでしたし、寝台列車で往復したことが却って風情がありました。最後は、これまでの活動の集大成として在日本国総領事館総から表彰※8を受賞したことですね。これまでの人生のなかでこの4年半の生活は一番濃厚な生活だったと思います。
これまで取り組んできた活動が認められて、2020年10月に在広州日本国総領事館より在外公館長表彰を受賞した五十嵐さん(写真右) 一番心配したのが、中国入国ビザ発給に必要な招聘状の発行ですね。こればかりはボクが頑張っても各政府から本当に出るかどうか不透明だったためドキドキものでした。お客様は中国に戻りたい気持ちでいっぱいでしたが、中国側がお客様に対して招聘状を出さなければ飛行機がガラガラとなり会社も大赤字になってしまう。そこは本社と中国政府とお客様の3者に対して「出ます」「飛びます」「埋まります」と言い続けてようやく実現できたのです。約4カ月ぶりに広州への便が飛んだときは本当に感無量でした。 写真の飛行機は2020年3月8日の広州便。新型コロナウイルスが世界中に蔓延したことで同月28日から7月10日の臨時便まで広州便は運休したままだった
元々20年10月の帰任の予定がコロナの影響で半年延びた感想はどうですか? 商工会の事務局長を務めていますし、航空会社としてもいろいろな情報が入ってくるから延期したのはしょうがないかな、と受け入れていました。後任が着任するまで商工会としても支店長としても広州を離れるわけには行かないから、とにかく滞在中は一生懸命やろうと決めたのです。 JALの方針として、実は数年前から将来先細りする航空事業だけでなく、新しく新規事業を興していこうという動きはありました。それがコロナに入った途端その動きが加速し、JAL航空本体としても部門を問わず新しい事業を見つけて稼いでいこうという方向で、私はそちらの方面に進むことになりました。発令されているのは九州の担当ですが、実は3カ月前から広州政府系の広民投※9という企業と越境ECの話をしています。JALとして日本の地方のお菓子や化粧品、特産物、薬などの取扱を広民投に提案を行い、同社がいいと思う商品を日本から仕入れて中国国内でネット販売する仕組みを作りはじめています。日本に戻ったら本格的に進め、軌道に乗るまではしばらく東京の本社でこの仕事をすることになります。 今までいろいろなイベントを仕掛けてきた五十嵐さんにはピッタリな仕事だと思います。 もともと、そっち方面の仕事は札幌や高知時代から行っていましたので、もう一度こっちに戻ってこいとお声がかかりました。自分で言うのもなんですが、弊社のなかで地方創生を行うカリスマが2人いまして、ひとりは九州にいてもう一人は私なんですよ(笑)。ところが九州の方が定年退職するから、後任として私に白羽の矢が立つような動きをしたみたいです。それで私が九州に行くような形になったのですが、私の方でもすでに越境ECの仕事をはじめたものだから、今では全国規模の話になっています。このビジネスも上手く行けばJALとして相当な収益が見込めるようになるし、続けていればまた広州に来れるんじゃないかと淡い期待もしています(笑)。 五十嵐さんのお話を聞いていると、夢と未来があります(笑)。 心に張りがなくなると老けていきますから(笑)。常に思っているのは「人生1回だけだから、出世やお金でなく自分の人としての価値を上げていくことを大切に考えていき、その瞬間その瞬間を前向きに張りを持って生きていく」ということですね。人によっては想定外の異動によりモチベーションが下がる方もいますが、そんなことやっても意味ないし人生損するだけだし、腐って仕事をしなければその瞬間は後ろ向きに生きることになるから損してしまいます。そういう話をローカルスタッフに話すとすごく感激してくれますよ(笑)。 最後に広州に残られる方にメッセージをお願いします。 広州は住みやすいところですが、コロナの影響で自由に日本に帰えれないといったところはすごく大変だと思います。そのなかで広州は必ず今後もっともっと発展していくところですので、皆様のご活躍を祈念しております。皆さんが日本と広州の架け橋になってくれると非情にありがたいですね。 脚注
※1、日本エアシステムの自社ブランド旅行会社 ※2、広州ジャパンフェア、2018年6月正佳広場開催 ※3、宇宙航空研究開発機構 ※4、当時は環境サミットとも言われた ※5、広東省外事弁公室対外友好協会の略 ※6、日中平和友好条約締結20周年記念行事 ※7、TAKタイガース地歴研究部の略 ※8、在外公館長表彰の受賞 ※9、広州民営投資股份有限公司の略
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